マザー・メッシャ

モナコの伝統が蘇る新しいラム酒
July 22, 2025
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Spirits
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幻のラム文化が現代に甦る

「モナコのラム」と聞いても、あまりピンと来ないかもしれません。

実は、17世紀のモナコでは、カリブ海から運ばれたラムにベルモットやマルサラといったヨーロッパの酒をブレンドして楽しむ、メッシャと呼ばれる独自の飲酒文化が存在していました。

当時、モナコのモンテカルロ港は地中海貿易の要所として栄えており、ジェノヴァ船によって運ばれたラム酒は、地元の柑橘類と交換されていました。メッシャとは、モナコの方言でミクスチャー(混合)を意味します。この頃から人々はラムを自由にアレンジして楽しんでいたのです。

しかしこの文化は、時代の流れとともに忘れ去られてしまいます。

そんな中、数世紀の時を経て、古代ラム文化の再発見に取り組んだのが、ラム業界のパイオニアであるルカ・ガルガーノ氏(ヴェリエ社)です。モナコ公国の協力によるプロジェクトで、ハイチ産の希少なサトウキビと、モナコの豊かな歴史を融合させ、かつてのメッシャを現代に蘇らせるこの壮大な挑戦が始まりました。

ルカ・ガルガーノ / モナコ大公アルベール2世殿下
モナコ大公アルベール2世殿下

現代の技と精神で蘇る、モナコのラム酒

このプロジェクトの出発点は、ただ過去のレシピをなぞることではありませんでした。

目指したのは、何世紀にもわたって忘れられていたモナコのラム文化「メッシャ」を、現代の技術と感性で再構築するという、挑戦的かつ情熱的なアプローチです。

かつてのメッシャのように、ラムにマルサラやベルモットを加えるレシピをそのまま復活させるのは、現代の品質基準や味覚にはそぐわない—。そこで彼らが選んだ道は、伝統に敬意を払いながら、あくまで“今の時代にふさわしい最高品質のラム”を生み出すことでした。

その製法は、まさにクラフトの極み。化学肥料を一切使わず栽培されたハイチ産のサトウキビを、手作業で収穫し、ミュール(ラバ)で運搬、小型の製糖機で丁寧に搾汁するという…非常に手間のかかる伝統的な手法が採用されています。

発酵からボトリングまで、こだわり抜かれた製法

メッシャの製造は、自然酵母による発酵から始まります。選別された酵母は使わず、時間をかけたスロー発酵によって、原料であるハイチ産サトウキビ本来の風味と力強い個性を引き出します。

この貴重なサトウキビジュースの品質を損なわないよう、ルカ・ガルガーノは“2段階の蒸留”という革新的なアプローチを採用しました。発酵後のジュースは、まずハイチで一次蒸留され、その後モナコに輸送されて再蒸留されるという、手間と情熱に満ちた工程です。

第1蒸留は、ハイチのサジュー蒸留所にて行われます。まず、自然酵母によるスロー発酵を行い、原料であるサトウキビジュースの個性を最大限に引き出します。続いて、蒸留にはドイツ製のミュラー式アランビックを使用し、バーニャ・マリア(湯煎法)と呼ばれる低温蒸留法によって、繊細な香味を損なうことなく丁寧に抽出されます。

クリスタリンサトウキビ(ハイチのサン・ミッシェル・ド・ラタレーにあるミシェル・サジューの土地)
サジュー蒸留所

こうして生まれた中間スピリッツは、まだ完成品ではなく、最終仕上げのためにモナコへと空輸されます。ラ・コンダミーヌ地区に位置する、モナコ初にして唯一の蒸留所ラ ディスティラリー デ モナコで、マスターディスティラーのフィリップ・クラッツォ氏のもと、コテ製のアランビックを使用した最終蒸留が行われます。

この独自の2段階蒸留プロセスによって、ハイチ産サトウキビの個性と、モナコのテロワールやクラフトマンシップが見事に融合。かつてのメッシャが現代のスピリッツとして「メイド・イン・モナコ」の名のもとに生まれ変わるのです。

マスターディスティラー:フィリップ・クラッツォ(ロランジュリーモナコ蒸留所)
ルカ・ガルガーノ / モナコ大公アルベール2世殿下
モナコ大公アルベール2世殿下 / ルカ・ガルガーノ
マザー・メッシャ

テイスティングノート:地中海とカリブの融合が生む香りの芸術

マザー・メッシャは、現在ホワイトスピリッツとして非常に高い評価を受けており、アルコール度数46度でボトリングされています。その味わいはナチュラルかつ力強く、ストレートでも、カクテルにしても、その個性を存分に発揮します。

グラスに注ぐと、まず立ち上るのはフレッシュなサトウキビの青々しさ。そこにライムの皮やグレープフルーツを思わせる柑橘の華やかな香りが重なり、さらにハーブやホワイトペッパーのようなスパイス感が軽やかに漂います。香り全体が、どこか地中海の陽光とカリブの風を思わせるような、明るく洗練された印象です。

口に含むと、その第一印象は柔らかで、透き通るような甘さが広がります。白桃やメロン、熟したパイナップルのようなトロピカルな果実味が次々と現れ、滑らかに舌の上を転がっていき、後半にはドライな印象とミネラル感が加わります。まるで味わいがすっと消えるような余韻の美しさ。

そして最後に残るのは、草のような清涼感あるベジタルノート。余韻は軽やかで切れがよく、ついもう一口を誘われるような絶妙なバランスが印象的です。

ラム業界でも、「この1本は香りを語るラムだ」と高く評価されており、まるで素材そのものが語りかけてくるかのような繊細な表現力を備えています。地中海の洗練とカリブの生命力が出会った、マザー・メッシャは、香りと味わいが奏でる物語と言えるでしょう。

マザー・メッシャ

バーにも、テーブルにも物語を添えるスピリッツ

マザー・メッシャは、その香りと味わいの奥行きから、ストレートでもカクテルでも真価を発揮する汎用性の高いスピリッツです。物語と個性を提供できる存在として、バーやレストランにおいても一杯の中に強い印象を残します。

ウェルカムドリンクとして、シンプルなソーダ割りで、透明感と素材の輪郭の美しさを際立たせた一杯に仕上げたり、カクテルならダイキリにしてもその個性を発揮してくるでしょう。ライムとデメラシュガーだけを合わせた最小限のレシピで、マザー・メッシャの魅力をダイレクトに引き出すのもいいですね。

メッシャのネグローニはどうでしょうか。ビアンコベルモットやイタリカスと合わせて繊細な味わいを堪能するのも良いですし、トロピカル感を抑えた「再解釈版マイタイ」なども面白いかもしれません。

カクテルだけでなくフードペアリングとして、柑橘やハーブ、魚介を使った料理と合わせるのにもぴったりです。

近年のラム市場では「クラフト」「ストーリー」「オーセンティシティ(本物らしさ)」が重視される傾向が強まっていますが、マザー・メッシャは、まさにそのすべてを体現しています。手に取った瞬間から、飲み手自身がその物語の一部となり、語りたくなるような存在なのです。

モナコ大公アルベール2世殿下 / ルカ・ガルガーノ

写真提供:Velier

ヴェリエ
ヴェリエ
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