グラッパ入門

イタリアが生んだ蒸留酒の魂
October 28, 2025
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Spirits
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本記事は、ヴィチェンツァ県スキアヴォンにある老舗「ポーリ蒸留所(Poli Distillerie)」および、バッサーノ・デル・グラッパの「グラッパ博物館」を訪れた取材をもとに、ポーリ蒸留所の協力のもとで制作されました。

Poli Distillerie 公式サイトはこちら

グラッパとは?起源、発展、そして現代市場まで

グラッパは、世界中のスピリッツのなかでも特別な存在です。
ワイン造りのあとに残る果皮や種などのブドウの搾りかすを蒸留してつくる唯一の酒であり、「グラッパ」と名乗れるのは、イタリア産だけと法律で定められています。

およそ400kgの搾りかすから得られるグラッパは、わずか20リットルほど。(原料のブドウに換算すると約1,600kg) 数字のスケールこそ大きいですが、グラッパの本質は“再利用”の精神にあります。農村の知恵と節約の文化から生まれた酒なのです。

起源は中世にまで遡ります。イタリア北部アルプスの麓で作られ、当時は荒々しく強いアルコールを感じる素朴な酒でした。しかし時代を経て蒸留技術が磨かれるにつれ、いまではイタリア各地のブドウの個性を映し出す、芳醇で繊細なスピリッツへと進化を遂げたのです。

現在、グラッパは「地理的表示保護(PGI)」の対象でイタリア国内のみで生産されます。公認の生産地域は、ヴェネト、トレンティーノ、アルト・アディジェ、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア、ロンバルディア、ピエモンテ(バローロを含む)、シチリア(マルサラを含む)など9つです。

グラッパは国外でも人気が高まりつつあり、特にドイツ、オーストリア、スイス、アメリカ、日本などで注目されています。イタリア産グラッパの年間売上は約9,000万ユーロ、販売本数は2,000万本を超え、そのうち3分の1が輸出向けです。

製法:発酵と蒸留のプロセス

グラッパの原料となるのは、赤ワインの製造後に残る発酵済みの搾りかすか、白ブドウ新鮮な搾りかすを蒸留用に発酵させたものです。

蒸留し、熱を加えることでアルコールと香気成分を固形物から分離し、豊かな香りを持つスピリッツへと変わっていきます。温度、時間、使用する蒸留器の種類によって、香りや味わいは大きく左右されます。

蒸留後は、ステンレス製タンクで休ませる場合もあれば、そのまま瓶詰めすることもあります。また、木樽で熟成させることで、より複雑で奥行きのある味わいを引き出します。

連続式と単式蒸留の違い

蒸留方法には主に2つのタイプがあります。

・単式(バッチ)蒸留

職人による手作業の一般的な方法で、搾りかすを1回分ずつ処理します。時間や温度を手動で調整できるため、細やかなコントロールや個性の表現が可能で、高品質なグラッパによく使われます。

ポーリ蒸留所による動画で、単式蒸留の工程をわかりやすく見ることができます。
YouTube: Poli Distillery Batch Process

・連続式蒸留

産業規模の生産に適した効率的な方法で、搾りかすを連続的に蒸留器へ投入していきます。柔軟性は低いものの、一定の品質と生産量を確保できます。

どちらの方法にもそれぞれの良さがあり、仕上がるグラッパの香味は異なります。

グラッパの種類:多彩な分類

グラッパの種類は、原料や熟成期間、香りの特徴などによって分類されます。

原料による分類:
・単一品種(Single-varietal)グラッパ:1つのブドウ品種から造られる(例:モスカート、バローロ、アマローネなど)。
・複数品種(Multi-varietal)グラッパ:複数の搾りかすをブレンドして造られる。

熟成による分類:
・ヤングまたはビアンカ(白):熟成なし。透明で明るく、ストレートな香りが特徴。
・バリッカータ(樽熟成):225リットルのオーク樽で12か月以上熟成。
・インヴェッキアータ(熟成):木樽で最低12か月以上熟成。
・リゼルヴァまたはストラヴェッキア:18か月以上熟成し、深く温かみのある香りが特徴。

香りの強さによる分類:
・アロマティック:モスカートやマルヴァジアなど、香り高いブドウ品種を使用。主に白ワインの搾りかすから造られる。
・セミアロマティックまたはニュートラル:香りが控えめなブドウから造られ、よりドライで骨格のある味わい。主に赤ワインの搾りかすを使用。

かつてグラッパは、貧しい人の酒と見なされていましたが、単一品種グラッパの登場により、ワインと同じようなルネサンスが起こりました。今日の消費者は品質を重視し、職人の技と本物の味を求めています。

ブドウ品種ごとにキャラクターは驚くほど異なります。

通常、イタリア語で「グラッパ」は単数形の Grappa(1種類のグラッパ) を指します。しかし、ポーリ蒸留所ではあえて複数形の “Le Grappe”(=グラッパたち、という意味)という言葉を使っているのです。

これはつまり、「グラッパ」とひとことで言っても、使うブドウの品種が違えば、香りも味も個性もまったく別物になるということ。「Le Grappe」という言葉の選び方そのものが、ポーリ蒸留所の哲学“品種ごとの個性を大切にし、それぞれの違いを楽しむ” という姿勢を象徴しているようです。

ミクソロジーの世界でのグラッパ

近年、グラッパはカクテルの世界にも進出しています。
2020年には、カクテル「Ve.N.To」が国際バーテンダー協会(IBA)の公式リストに加わりました。

このカクテルの歴史については、coqtail で詳しく紹介されています。

グラッパをカクテルに使うのは難易度が高いといわれます。アルコール度数が高く、強く持続的な香りを持つためです。しかも、使用するブドウ品種によって風味が大きく変わります。しかし、これらの特徴を上手に扱えば、驚くほど魅力的で奥深い結果を生み出すことができます。

ポーリ蒸留所の教育サイトでは、グラッパを使ったカクテルレシピも紹介されています。

Grappa in Cocktails – Poli Distillery

シンプルに見えて奥が深い

グラッパは、まさにイタリア文化の蒸留されたエッセンスです。
歴史的な意味だけでなく、イタリアの「食と飲み物」に対する姿勢、素材の選択や細部への徹底したこだわり、そのものでもあります。

蒸留は一度きりで樽熟成も必須ではありません。赤ブドウの搾りかすは、すでに発酵しており、アルコール抽出の準備が整っています。このように一見シンプルな蒸留酒です。

しかし、このシンプルさこそが奥深さなのではないでしょうか。工程が少ないぶん、原料の品質がすべてを左右します。そして、蒸留の精度が完璧でなければ、最高の仕上がりにはなりません。

言うならば、グラッパはスピリッツ界の「スパゲッティ・アル・ポモドーロ」といってもいいでしょう。

つまり、理論的には簡単ですが、完璧に仕上げるのは極めて難しいのです。蒸留温度や搾りかすの選択を少し間違えただけで、傑作にも凡作にもなり得るからです。

グラッパの楽しみ方

伝統的にイタリアでグラッパというと、食後にゆっくりと味わう瞑想の酒というような存在です。イタリア式の葉巻(カリブ産とは異なる製法)とともに嗜むこともあります。
このスタイルは、「量より質」を大切にする文化を象徴しています。

アルプスやその麓の地域を旅すると、ハーブや果物を漬け込んだグラッパを提供するグラッペリアに出会うこともあるでしょう。これらは白グラッパをベースに作られます。

伝統的な飲み方ではありませんが、個人的には上質なグラッパを日本式の水割りにするのもおすすめです。香りの複雑さをじっくり味わえますし、その豊かな香気はハイボールにもぴったりです。

イタリア蒸留酒の魂とも言えるグラッパを、ゆったりと楽しんでみてください。

さらに詳しく知りたい方は、こちらのポーリ蒸留所が運営する教育サイトをご覧ください

👉 https://www.grappa.com/en

Poli Distillery
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