ポーリ蒸留所の物語

伝統、苦難、そして再生
October 29, 2025
-
Spirits
-
8
MIN

ポーリ家について語るには、まず彼らの出身地を理解することから始める必要がある。

蒸留所、そしてポーリ一族そのもののルーツは、モンテ・グラッパ山麓の小さな村スキアヴォンにある。

そこから数キロ離れた場所に、名高い「バッサーノ・デル・グラッパ」があり、ポーリ・グラッパ博物館もそこにある。その名が示す通り、この地こそイタリアを代表するグラッパの中心地なのだ。

バッサーノの町に着くと、ブレンタ川のほとり、モンテ・グラッパの麓に優雅に広がる活気ある歴史都市が出迎えてくれる。

アルプス前山地の手前、丘の頂に位置するこの町は、平野と山岳地帯をつなぐ自然の交差点であり、古くから商業と文化の要所だった。

美しい景観、良好なアクセス、そして豊かな遺産を持つバッサーノは、非常に魅力的な観光地である。アペリティーボ文化も深く根付いており、職人バーが自家製ビターズを作るなど、独自の文化が息づいているのだ。

ポーリ家の始まり

ポーリ家の物語は、ロマンチックなほど素朴に始まる。1885年1月15日、ジョバッタ・ポーリはスキアヴォン駅に小さな居酒屋を開いた。その店では、ワインやビール、さらには麦わら帽子までも販売していた。

ところが1898年に転機が訪れる。ジョバッタは移動式の蒸留器を導入し、周辺の町々でブドウの搾りかす(ポマース)を蒸留し始めたのだ。同じ年、蒸留所は正式な形をとり、古い待合室の隣に蒸留器が設置された。

そして、その日以来、グラッパづくりは一度も途絶えることなく今日まで続いているのだ。

グラッパ職人の危機

1960年代に入ると、伝統的なグラッパ製造者たちは深刻な危機に直面した。連続式蒸留機の登場により、大規模な蒸留所が低コスト・高効率で生産できるようになったからだ。

その結果、イタリアの職人蒸留所の90%以上が廃業に追い込まれた。

ポーリ家も例外ではなかった。激しい競争、工場を襲った火災、さらには異常な大雪による被害で、大きな打撃を受けた。しかしアントニオ・ポーリと妻のテレーザ・パルマは決して諦めなかった。

彼らは再建し、新しい機械を導入し、生産能力を拡大し、蒸留所を存続させた。

転機:クラフトマンシップと単一品種のブドウ

真の再生が訪れたのは1980年代、第4世代のヤコポ、ジャンパオロ、バルバラ、アンドレアの時代だった。

彼らは蒸留所を刷新し、「職人技」を中心に据えた。小規模生産、単一品種のポマース、そして蒸留液の「ハート部分」へのこだわり。

量より質へ転換したのである。

写真:ポーリ公式サイト

1982年には新しい蒸気蒸留器を導入し、生産能力を倍増させつつも、伝統の単式蒸留法を守った。

その結果、より柔らかく、上品で、丸みのあるグラッパが生まれた。

それはあまりにも明確で、当初懐疑的だった父トーニも最終的に経営を息子たちに託した。

1986年にはヴェスパイオーラ種のブドウを使った「アモローザ」シリーズが誕生した。

土地の個性を象徴する、地元品種によるグラッパだ。

1990年代初頭には「グラッパ・ディ・サッシカイア」が登場。

トスカーナの名門ワイナリー、テヌータ・サン・グイドのカベルネ・ソーヴィニヨンとフランのポマースを使用し、同じワイン樽で熟成させたものだ。

ポーリ兄弟は、市場が上質で思想的なグラッパを求めていることを見抜き、やがて成功を収めた。

1993年には、グラッパ文化の世界的普及を使命として、バッサーノのパラッツォ・デッレ・テステに「ポーリ・グラッパ博物館」が開館した。

現在の蒸留所

スキアヴォンの旧駅舎跡に立つ蒸留所は今も健在だ。中に入ると、熟成樽の麗しい香りが漂い、左手には現役の蒸留設備が見える。

生産は今でも単式蒸留にこだわっている。1回の蒸留で使うポマースは40kg。アルコールが蒸発し、塔を上昇して冷却コイルで凝縮される。熟練の蒸留士が「ハート」と呼ばれる純粋な部分だけを抽出し、初留と末留を切り捨てる。

各バッチでは単一品種のポマースのみを使用し、設備は毎日入念に清掃される。

職人技と品質管理が行き届いている。

現在ポーリは、12基の蒸気蒸留器、2基の伝統的水浴蒸留器、さらにサン・ミケーレ・アッラディジェ農業研究所と共同開発した2基の真空水浴蒸留器を備えている。

製品はグラッパだけでなく、アマーロ、リキュール、ジン、ヴェルモット、さらにはアマローネ樽で熟成させたウイスキーまで多岐にわたる。

どれも香り高く、驚くほどの深みを持つ。

熟成工程

上階では、若いグラッパがステンレスタンクで熟成を重ねている。蒸留直後でも飲めるが、熟成したものは、丸みと調和が格段に増す。法的に「熟成グラッパ」と名乗るには、最低12か月の木樽熟成が必要だ。

下階に降りると、濃密な香りに包まれる。熟成1年目の樽室は封鎖され、早期移動を防ぐため政府の管理下にある。その先には開放的な熟成庫があり、さまざまな樽と香りが時間とともに物語を紡いでいる。

香りを持ち帰ることはできないが、樽が並ぶ熟成庫に足を踏み入れた瞬間に広がるあの芳香は、ここを訪れた人の記憶の奥に深く刻まれるだろう。

グラッパを本当に知りたいなら、一度はこの空間を訪れてほしい。

テイスティング

見学後は、温かみのある上質な試飲ルームでポーリの製品を味わうことができる。

どのボトルにも、語るべき物語がある。ポーリは今も完全な家族経営を続け、品質、職人技、革新への情熱を守り続けているのだ。

公式サイトにはヤコポ・ポーリ自身の言葉があるので気になる方は読んでみて欲しい。
👉 www.poligrappa.com/eng/products#/

ポーリ蒸留所ではグラッパだけでなく、アマーロ、リキュール、アペリティーボなども作っている。どれも優れた個性を持つが、ここでは土地と伝統を語るグラッパだけに焦点を当ててご紹介する。

どれから始める? グラッパ初心者のためのガイド

本当なら、すべてのグラッパを紹介したいところだが、それでは長くなりすぎる。

グラッパはワインと同じで、実際に味わってこそ本質がわかる飲み物だ。

そこで、グラッパ初心者なら、まずどれを試すべきか?という質問に答える形で

ポーリの2つの精神である「伝統と革新」を象徴する6つの銘柄を選んだ。

・若いグラッパ 2種
・熟成グラッパ 2種
・特別なグラッパ 2種

若いグラッパ

サルパ・ディ・ポーリ ― 伝統
おそらくポーリを代表する一本。「サルパ」とはヴェネト方言で「ポマース(搾りかす)」の意味。カベルネとメルローをブレンドした、まさに“グラッパの定義”と呼べる味わいだ。ハーブとワインの香りが漂い、新鮮なポマースを思わせる。
私にとってこれは、まさにグラッパ -荒々しく、純粋で、率直だ。

ポー・モルビダ ― 繊細さ
単一品種シリーズ「ポー・ディ・ポーリ」から、モスカート種を使用。水浴蒸留によって繊細な香りを守りながら造られる。シルキーで包み込むような口当たり、花と柑橘の香りが広がる。味わえば、陽光の降りそそぐ果樹園に寝転んでいるような気分になる。

熟成グラッパ

サルパ・オーロ ― 熟慮
白のサルパをフレンチオークのバリック樽で熟成させたもの。若さの勢いを失い、代わりに複雑さ、温かみ、エキゾチックなスパイスの香りを得る。典型的なイタリアの樽熟グラッパであり、熟成タイプへの入口に最適。

クレオパトラ・アマローネ ― 錬金術
革新的な「クリソペア蒸留器」(真空水浴蒸留)を使用し、ポマースの風味を余すところなく引き出す。名は“黄金を蒸留した最初の人物”とされるクレオパトラに由来(ギリシャ語で chrysos=金、poiein=作る)。1年の樽熟成を経てもなお、赤い果実の明るい香りとドライフルーツの深みを併せ持つ。力強さと優雅さを兼ね備え、ソファにもたれてローマ時代の貴族のように味わいたい一本。

特別なグラッパ

グラッパ・ディ・サッシカイア ― 威厳
蒸留所訪問時に初めて味わい、言葉を失った一本。複雑で、エレガントで、唯一無二。トスカーナのテヌータ・サン・グイドのサッシカイアから生まれたカベルネ・ソーヴィニヨンとフランのポマースを、同じワイン樽で熟成させている。ドライでタンニンが効き、スパイシー。堂々たる風格を持つグラッパ。


アモローザ・ディ・セッテンブレ ― 詩的
名前の通り、ロマンチックで心を惹きつけるグラッパ。スキアヴォン近郊のブレガンツェ丘陵で9月に完熟を迎えるヴェスパイオーラ種を使用。ポーリ初期の単一品種グラッパの一つであり、地域アイデンティティの象徴でもある。柔らかく、芳香に満ち、蜂蜜のような温かみと黄色い果実の香りが広がる。飲めば、秋の終わりの葡萄畑を、低く差す陽に照らされながら歩いているような気持ちになる。

もうひとつのヒント:ポーリクロミー(Poli-chromy)

蒸留所で見つけた最も賢く、かつ便利な工夫の一つが「ポーリクロミー」だ。

これは、グラッパの香りと味わいのタイプをキャップの色で分類するシステムである。

この仕組みにより、初心者でも自分の好みに合ったグラッパを簡単に選ぶことができ、経験豊かな愛好家もお気に入りのタイプをひと目で見分けられる。

Poli Distillery
RELATED POST