ヴァレリア・トゥモロ in テラッツァ・ベルニーニ

バルベリーニ広場の正面に、堂々とそびえ立つ5つ星ホテル「シーナ・ベルニーニ・ブリストル」。
その屋上へと足を運ぶと、目の前に現れるのは、ローマでも屈指の美しさを誇る絶景テラス「テラッツァ・ベルニーニ」だ。
屋上に到着すると、バーマネージャーのヴァレリア・トゥモロ氏が温かな笑顔で迎えてくれた。軽やかな足取りでテラスへと案内しながら、彼女は誇らしげに語る。
「ローマには素晴らしいテラスが数多くありますが、『テラッツァ・ベルニーニ』は360度のパノラマビューが広がり、まるでこれ以上高い場所はないかのような感覚を味わえます。特別なのは、緑に囲まれた開放的なロケーション、美しいローマの空の色、そして上質なドリンクと最高級の寿司がひとつの空間で楽しめることです。」

テラスはレストランを取り囲むように広がり、ゆったりとした空間が確保されている。眼下には壮麗なトリトンの噴水を眺め、視線を上げればローマ市内の歴史ある街並みが見渡せる。
夕暮れには永遠の都が黄金色に染まり、陽が沈むと星空の下、DJの音楽が夜を華やかに演出する。
このテラスを率いるヴァレリアのもとでは、伝統的なイタリアン・アペリティーボに加え、日本の食材から着想を得たシグネチャーカクテルも味わえる。さらに、永野哲生氏が監修するレストラン「Il Vizio」と一体になっていることから、和の前菜や本格的な寿司を堪能できたりと、ここでしか体験できない贅沢がたっぷりと詰まっている。


目から鱗の和風スプリッツ
ヴァレリアが最初にすすめてくれたのは、梅酒のスプリッツ。
アペリティーボでスプリッツのお供といえば、ポテトチップスやオリーブが定番だが、テラッツァ・ベルニーニではひと味違う。運ばれてきたのは、スパイシーなわさびスナックと柿の種。日本人なら誰もが懐かしさを覚える組み合わせだ(筆者も思わず笑みがこぼれる大好物)。
淡い琥珀色の和風スプリッツがテーブルに置かれた瞬間、グラスから立ち上る梅の香りが、華やぎと柔かさをまって広がる。ひと口含むと、熟成した梅のやわらかな甘みと酸味が口いっぱいに広がり、プロセッコのドライで繊細な泡が全体を引き締める。わさびスナックのピリッとした辛みが加わることで、甘みとの対比が一層際立ち、止まらないおいしさだ。
梅酒というと、筆者は毎年祖母が漬けていた自家製梅酒を思い出す。梅酒は昔から家庭で作られ、甘くても重たくないので様々なシチュエーションで親しまれており、居酒屋でも定番で、氷を入れてロックで飲むのが王道だ。
そんな梅酒が、イタリアのプロセッコと出会い、スプリッツという形で生まれ変わった。この組み合わせはまさに小さな革命だ。梅酒は焼酎や日本酒をベースに作られることが多く、そこに宿る旨味と熟成梅のミネラルと芳醇な香りが、プロセッコの爽快さと見事に調和する。ヴァレリアの発想力に心から驚かされた。
梅酒スプリッツ
梅酒, プロセッコ, セルツ

言葉もでないほど驚く私の横で、彼女は微笑みながらこう語る。
「日本の食材は、私たちの文化のものとは全く異なるところが魅力です。
その“味の違い”と“コントラスト”こそが、イタリアのカクテル文化との完璧な融合を生み出します。」
梅酒のほのかな甘みと酸味が旨味を引き立て、プロセッコのスパーキーな泡と絡み合う。軽やかなスプリッツの飲み心地はそのままに、和の香りがやさしく寄り添う。今後、もしメニューに梅酒スプリッツを見つけたら、一杯目は迷わずこれを選ぶだろう。
「日本の素材は、繊細で、どこか穏やかな力を持っています。例えば、日本酒をベースにしたカクテルも、辛口と甘口のバランスを取ることで、料理と見事に調和します。」
彼女の言葉は、実際の一杯を口にするとそのまま理解できる。まるで食材の声を聞くかのように、その特性を最大限に生かしてカクテルへと昇華させるのだ。


シグネチャーカクテル「Yugen」
メニューを開くと、そこにはクラシックから独創的なオリジナルカクテルまで、多彩なラインナップが並ぶ。
シグネチャーカクテルには、日本から取り寄せた焼酎や日本酒、抹茶、柚子といった素材が惜しみなく使われている。
なごみ
シソ カシャーサ, みりん, バナナ, ライム
京都フィズ
ジン, 自家製抹茶シロップ, 柚子
その中でひときわ目を引いたのが、Yugen(幽玄)という名のカクテルだ。
日本のウイスキーAkashi、 Pedro Ximenez シェリー、そして香ばしい香りが特徴的な麦焼酎「青鹿毛」をミックス。
ヴァレリアはこの一杯について、例え話を入れながらお茶目に説明する。
「個人的にも大切にしているブランドのジャパニーズウイスキー、そして『Il Vizio』を象徴するかのような力強い個性を持つ麦焼酎。そこに、スパイスの香り漂うスペイン産のシェリーを合わせています。このシェリーは、私がソムリエ講座で出会った特別な一本なんです。これらの素材は、私のキャリアそのものを象徴しています。もし私がドリンクだとしたら、スイートで香ばしい味わいのYugenかもしれません。」
マンハッタンのツイストとも言えるYugenは、シェリーの干しぶどうのような濃厚な甘い香りや木の香り、ウイスキーや焼酎の風味が年輪のように何層にも重なり、旨味や香ばしさが複雑に合わさる。サトウキビの搾り汁を煮詰めて乾燥させたマスコバド糖は、ミネラルや栄養分が豊富でカクテル全体にさらに奥行きを与える。そして添えられた大粒のチェリーは自家製で漬けられたもの。
インパクトがありながらも繊細に調合されており、どこを切り取っても素晴らしい。忘れられないカクテルに出会った。
Yugen
ジャパニーズウィスキー, シェリー, 焼酎, マスコバド, ビターズ

カクテルリストは物語る
彼女のカクテルはどのようにして生まれるのだろう。
その問いに、ヴァレリアは穏やかに微笑みながら答えてくれた。
「カクテル作りでは、味・ストーリー・香り―すべての要素を融合させます。メニューはひとつの物語であり、論理的なつながり、いわゆる“ストーリーテリング”が必要です。それがゲストの心を惹きつけるのです。さらに、各ドリンクの味わいはしっかりと個性を持たせ、互いに違いがわかるようにすることで、多様な好みやシーンに応えられるようにしています。」
インスピレーションの源はさまざまだ。雑誌や市場、新しい食材との偶然の出会い。
「特に、ハーブやスパイス、スピリッツで遊ぶのが好きですね。」
彼女のメニューには、マンハッタンやダイキリといったクラシックの定番も堂々と並ぶ。
中でも印象的なのは、マティーニのバリエーションが7種類も揃っていることだ。
Martini, Dirty Martini, Gibson, Vesper Martini, French Martini, Espresso Martini, Chicago 51
マティーニ好きなら、一度は全制覇したくなる充実のラインナップ。ドリンクリストを眺めていると彼女の長年の経験と緻密に組み立てられたセンスの良さを感じる。


世界を舞台に磨かれたキャリア
ヴァレリアは、国内外での豊富な経験と幅広いキャリアを誇るバーテンダーだ。
「私がこの道に進んだのは、15〜16歳の頃。学校と仕事を両立しながら、最初から強い情熱を持って取り組んできました。最初はイタリアのバーテンダー業界で影響力のある人々のそばで働き、その後は国際的な舞台にも活躍の場を広げていきました。」
これまで彼女が立ってきたカウンターは、海沿いの高級リゾート、活気あるストリートバー、星付きレストラン、そして格式高い5つ星ホテルまで、多岐にわたる。イタリア国内を北から南まで巡ったのち、ロンドンで2年、アメリカ・マイアミでも一定期間を過ごした。
「最も大変だったのは、これまで暮らしてきた街や仲間を離れること。でも近年は特にスタートアップに力を入れ、何もなかった場所が成長していく様子を見るのはとても楽しかったです。」
彼女を支えてきたのは、どんな状況でも失わない冷静さと落ち着き、そして「もう到達した」と思わず常に自らを磨き続ける姿勢だ。
「市場は常に進化しているので、時代に合わせてアップデートし続けることが重要です。」
ソムリエの資格も持つヴァレリアは、料理とのペアリングにも定評がある。
「永野シェフの料理とカクテルを合わせる際は、その料理によってアプローチを変えます。コントラストが必要な場合もあれば、味を引き立てる相棒のような存在が求められることもあります。」
シェフが生み出す繊細で奥行きのある一皿に対し、彼女のカクテルはまるでその余韻を美しく響かせる伴奏のようだ。互いの個性を引き立てながらも、ひとつの世界観として見事に調和する。

彼女の哲学と情熱
ヴァレリアが立つバーカウンターに腰を下ろすと、心地よさと楽しさが入り混じり、気づけば何時間も過ごしてしまいそうになる。
気さくで朗らかな人柄の奥には、一本芯の通った哲学があり、そのすべてがバーテンダーという仕事への深い愛情に支えられてきた。
子どもの頃から、彼女は「バーごっこ」をして遊んでいたという。
その頃に芽生えた興味は、今や世界を舞台に活躍する彼女の原点となった。
「この仕事のすべてが好きです。創造的な側面と社交的な側面が融合し、チームワークも欠かせません。
特に好きなのは、お客様の一日の中で最も素敵な瞬間 ー 人が集い、笑顔で過ごすー 時間に関われることです。私の役割は、心地よい空間と特別な体験を提供すること。それ以上に素晴らしいことはありません。」
彼女にとってバーは、ただ飲み物を提供する場所ではない。
「バーに来たら、リラックスして、楽しんで、日常を忘れて、そして人と交流してほしい。
バーは人と人とのつながりの場。見知らぬ人同士が同じテーブルで会話を始める瞬間ほど、美しいものはありません。」
グラスを傾けるたび、彼女の感性と磨き上げられた技が確かに息づいているのを感じる。
*Il Vizio 永野哲生シェフの記事はこちらをご覧ください
「永野哲生シェフの革新と真髄:ローマで出会う至高の和食」


テラッツァ・ベルニーニ