Amaro Don Carlo

南イタリアで受け継がれるくるみの儀式
May 10, 2026
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Spirits
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エボリという町の名前を初めて地図で見たとき、真っ先に思い浮かんだのは、カルロ・レーヴィのあの有名なタイトルだった。

「キリストはエボリで止まった。」

ナポリの南、カンパニア州の内陸にひっそりと佇むこの小さな町は、1945年に刊行されたその小説によって、世界文学の中に刻まれた場所でもある。

丘の上には石造りの旧市街が折り重なるように広がり、その周囲をオリーブ畑と農地が静かに取り囲む。午後になると、白く乾いた壁に南イタリアの強い陽射しが落ち、遠くで教会の鐘が鳴る。ローマともナポリとも違う、何かが止まったままのような空気がここには残っている。

観光客で溢れているわけではないし、華やかな看板が並んでいるわけでもない。素朴な日々の暮らしがある。エボリとはそういう所だ。

Gargiulo Coloniali

エノテカで生まれたアマーロ

そんな町の一角に、1966年から続く小さなエノテカ「ガルジウロ・コロニアリ」がある。

家族で営まれてきたワインとリキュールの店だが、「酒屋」というには少々言葉が足らず。「南イタリアの食と薬酒文化を半世紀以上にわたって受け継いできた場所」と言った方がしっくりくる。

棚に並ぶボトルの一本一本は、商品として選ばれたというより「これは残すべき味だ」という店主の感覚が宿っているようだ。

そして近年、この店が自ら世に送り出している一本のクラフトアマーロに、国内外から注目が集まっている。

それが、「アマーロ・ドン・カルロ」だ。

グラスに注がれたこの液体は、どこか神秘的で黒に近い深い色をしている。

鼻を近づけると、くるみ、クローブ、シナモン、湿った木、ダークチョコレートを思わせる香りがゆっくりと立ち上がる。

口に含むと、最初に柔らかな甘みが広がり、その直後にタンニンを含んだ深い苦味が追いかけてくる。重厚でありながら荒々しさはなく、ゆっくりと舌の上を流れていく。

余韻は長く、森の奥に漂う湿った空気のような感覚がしばらく残る。

これほど個性的なアマーロには、そう頻繁には出会えない。

その理由は主原料にある。

ドン・カルロに使われているのは、くるみの青い果皮、つまり、まだ殻の柔らかい未熟なくるみだ。そして収穫は、毎年決まって6月24日の「聖ヨハネの日」に行われる。

Amaro Don Carlo

なぜくるみなのか。なぜその日なのか。

それを理解するには、まず「ノチーノ」という北イタリアの伝統的なリキュールについて知っておく必要がある。

ノチーノは、年に一度しか作れないリキュールだ。

エミリア=ロマーニャ地方を中心に、古くから6月24日に仕込むという習慣が残っている。その背景にあるのは、宗教行事よりもさらに古い文化。夏至=ミッドサマーの自然信仰にまでさかのぼる。

昔のヨーロッパでは、一年で最も昼が長く太陽の力が最大になる夜、植物に特別な力が宿ると信じられていた。薬草は最も強い香りを放ち、果実は生命力を宿す。人々はその自然の力を瓶の中に閉じ込めようと、真夜中に青いくるみを摘みに行った。

この時期のくるみは、まだ殻が固まりきっておらず、ナイフで簡単に切ることができるほど柔らかい。そして切り口からは青く濃い香りが立ち上がる。成熟する前にこそ、最も強い生命力が宿っていると考えられてきた。

しかし、ここでひとつ問題が生まれる。

アマーロという酒の本質は、本来「調和」にある。複数のハーブや根、樹皮、スパイスを重ねながら、苦味と甘味、香りのバランスを丁寧に設計していく酒だ。

ところが、青いくるみの果皮はあまりにも個性が強い。

タンニンは濃く、色も深く香りも支配的で、少し加えただけでも全体の印象を塗り替えてしまう。主役に据えれば、どうしても「くるみの酒」になってしまうのだ。

そのため「くるみを主役にしたノチーノ」と「ハーブの調和を追求したアマーロ」は、歴史の中で別々の道を歩んできた。

ノチーノはくるみ単体の酒として独立し、アマーロの世界では、くるみはあくまでアクセントとして脇に置かれてきたのだ。

ドン・カルロは、その境界をあえて越えてきた存在だと言えるだろう。

ノチーノの圧倒的なくるみ感がありながら、同時にアマーロらしいハーブの複雑さも存在している。

そしてノチーノ同様に6月24日に収穫された未熟なくるみは、40日間アルコールの中で静かに漬け込まれる。果皮の苦味や香り、深い色合いがゆっくりと封じ込められていくその工程は、製造というより、どこか季節の儀式に近い。

Angela Cariendo, Carlo Gargiulo

愛情と手仕事で作られるアマーロ

このアマーロを生み出したのは、アンジェラ・カリエンドと夫のカルロ・ガルジューロだ。

最初のレシピが完成したのは1994年。しかし、その物語はもっと前から始まっている。

1966年、カルロの父ヴィートが、エボリにワインとリキュールを扱うエノテカを開いた。この小さな店は、やがてカルロとその妻アンジェラへ受け継がれ、1989年には現在の場所であるヴィアーレ・アメンドラへ移転した。

カルロとアンジェラは、アマーロをただ商品として棚に並べるのではなく、自分たちが本当に理解し、納得したものだけを扱った。二人はアマーロの公式テイスター資格まで取得し、高品質で珍しい商品を選び続けた。

ドン・カルロは、そんな中で生まれた。

とはいえ、最初から商品として開発されたわけではない。始まりは、アンジェラが家庭用に作っていたリキュールだ。

その後、長い年月をかけて改良が重ねられてきたが、伝統的な製法は今も変わらない。くるみの青い果皮を60%使用し、厳選されたハーブとスパイスをブレンドして40日間マセレーション(浸漬)する。その工程には、愛情、献身、努力、投資、そして家族の歴史が詰まっている。

ドン・カルロのラベルには、このアマーロを作ってきた家族の時間が表現されている。

蒸気機関車、自転車、気球という三つのモチーフは、過去から現在、そして未来へと続く様子を描いているのだ。

蒸気機関車は、重たく、力強く、ゆっくりと前へ進む創業者世代の象徴である。小さなエノテカから始まった家族の歴史は、決して派手ではないが確かな重みを持ちながら時代を進んできた。

その横に描かれた自転車は現在だ。

カルロとアンジェラが店を受け継ぎ、世界中のリキュールを学びながら自分たちの味を探し、少しずつドン・カルロを形にしていった時間。これを自らの足で地面を踏みしめながら進んでいく自転車として表わしている。

そして気球は、まだ見ぬ未来だ。ふわりと空へ浮かび上がるその姿は、「この先どこへ向かうのだろう」という次の世代への希望をイメージさせる。

深い黄色の背景に繊細な金色の装飾。派手というより、どこか懐かしく物語の挿絵のようにも見える。遠くからでも自然と目を引くのに、押しつけがましさがない。

南イタリアの強い陽射しを思わせる色彩の中に、家庭的な温もりが宿っているようだ。

Amaro Don Carlo

ドン・カルロのカクテル

職人系バーとして熱狂的なファンが多いローマのカクテルバー「ロンリー・アベニュー」監修による、ドン・カルロを使った2種類のカクテルレシピを紹介する。

Twist on the Amaro Sour 

ドン・カルロのハーブ、土、そしてウッディな風味は、サワーカクテルのベースとして最適だ。

メスカルをベースにしたアマーロサワーのアレンジ。カウンターに置かれたグラスからは、メスカルのスモーキーな香りが立ち上り、その奥からドン・カルロのくるみとスパイスの香りがゆっくりと現れてくる。レモンが全体のバランスを整え、リッチでありながら驚くほど飲みやすい。

40ml  Mezcal Vida Del Maguey  
20ml  アマーロ・ドン・カルロ  
22,5ml  レモン  
10ml  砂糖 

Twist on the Amaro Sour 

Twist on the Little Italy

メスカルをベースにしたリトルイタリーのアレンジ。

スモーキーさがより際立ち、重心が低く落ち着いた印象。ドン・カルロのくるみのニュアンスが、スモーキーな香りの奥からゆっくりと立ち昇り、柔らかな木の風味がそれを引き立てる。フィニッシュは長く深く、グラスを置いた後も口の中に余韻が残る。

45ml  Mezcal Ilegal Reposado 

20ml  アマーロ・ドン・カルロ  
20ml  Kyma Amaro al Caffè 

2 Dash  マラスキーノ
アブサンのスプレー

Twist on the Little Italy
Riccardo Pompei

カクテル監修:リカルド・ポンペイ

Lonely Avenue

この小さなバーでは厳選されたスピリッツのみを使用し、限られたコレクションから600種類以上ものクラシックカクテルが作られる。会話&カスタムカクテルを重視したスタイル。気分や嗜好を伝えるだけで、顧客の感覚やムードに合わせたスピリッツが選ばれ、その場でカクテルが組み立てられていく。

Amaro Don Carlo
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