三千年の歴史を守るということ

「これからの10年間、私たちには三千年の歴史を守る責任があります。」
クリスティアーノ・ジェルマーニがそう語るとき、彼が話しているのは考古学のことではない。博物館や歴史的建造物についてでもない。彼が守ろうとしているのは、それらよりもはるかに繊細で、失われやすいものだ。
イタリアの遺産といえば、城や教会、ルネサンス期の宮殿、そしてかけがえのない芸術作品を思い浮かべる人が多いだろう。そして時代は近代へと移り、私たちはあらゆるものをデジタル化し、あらゆる営みを加速させ、世界をグローバルにつないできた。
今では数時間で地球の反対側まで移動でき、世界中のほとんどどこでも同じ商品を手に入れ、どの都市でも似たような味を楽しめるようになった。
しかし、イタリアの有形文化遺産が修復され、保護され続ける一方で、その無形の遺産は今、現実に消滅の危機に瀕している。口伝えで受け継がれてきたレシピ。祖母がパン生地をこねる手つき。数あるオリーブ品種の中から一つを選ぶ理由。家畜を育てる知恵、蜂蜜を採る技術、季節の移ろいを読み解く感覚。
それらは本に記されることはほとんどない。しかし、それを実践する人々の手と、その家族の記憶の中で受け継がれてきた。今、本当に失われようとしているのは、そうした遺産なのである。
だからこそ、ボルセーナ湖を見下ろす丘陵地帯に佇む「パルコ・デッレ・クエルチェ」に到着すると、ここを単なるアグリツーリズモと呼ぶだけでは不十分だとすぐに気づく。ここは、記憶が絶えず新たな命を吹き込まれる場所だ。
伝統はガラスケースの中で保存されるのではなく、毎日の営みの中で実践されている。過去は郷愁の対象ではなく、未来を築くための素材なのである。

クリスティアーノ・ジェルマーニとシモーナ・フォデリーニにとって、「三千年の歴史を守る」とは、過去を生きたものへと変えるという意志ある選択を意味する。単に再現するのではない。進化させるのである。
トゥーシャは、火山活動によって形づくられ、エトルリア人が行き交い、ローマ人によって発展し、中世の村々、何世紀も続く森、火山湖、そして人と自然の希少な均衡を今なお保つ田園風景に彩られた古の大地である。
しかし、その卓越した歴史的・自然的価値にもかかわらず、トゥーシャはイタリアでもまだ十分に知られていない地域の一つだ。
「ここは本当に素晴らしい土地です。でも、まだ十分に知られていません。」
クリスティアーノは菜園やオリーブ畑、果樹園を案内しながらそう語る。
「イタリアでも数少ない、本格的な観光ブームを経験してこなかった火山地帯の一つなんです。」
その言葉には後悔はない。むしろ責任感にも似た響きがある。なぜなら、本当の課題は観光客を増やすことではないからだ。この土地の魂を変えることなく、その物語を伝えることなのである。

近年、農村滞在型の観光は世界中の旅行者が最も求める体験の一つとなった。慌ただしい旅を重ねてきた人々は、今、立ち止まり、その土地に暮らす人々を通して地域を理解したいと願っている。作り込まれた演出ではなく、本物を求めているのである。そして、まさにそこにパルコ・デッレ・クエルチェの存在意義がある。
約20年前、それは20代前半だった二人の若者の夢として始まった。クリスティアーノは農学を学び、シモーナはシエナ大学で国際法を専攻していた。当時、二人とも家族の所有地が人生の中心になるとは思ってもいなかった。
「最初はほとんど副業のような感覚でした。」
二人は笑顔で当時を振り返る。
「少し収入が増えればいいと思っていたんです。でも、気がつけば人生そのものになっていました。」

18年後、その夢はレストランと宿泊施設を備えた農園という枠を大きく超えた。それは一つのエコシステムへと成長したのである。
ここでは、新しいアイデアはいつも、最もシンプルで、おそらく最も難しい問いから始まる。
私たちは、毎日の営みを通して、どうすればトゥーシャを語ることができるのだろうか。
この場所では、あらゆる決断が一つの哲学に従っているように見える。土地は、ただ説明されるものではない。体験されるべきものなのだ。
クリスティアーノ・ジェルマーニとともに農園を歩けば、「サプライチェーン」という言葉が一般的な食の観光パンフレットとはまったく違う意味を持つことがすぐにわかる。
菜園は果樹園へと続き、果樹園はオリーブ畑へと溶け込み、その先には養蜂箱が並び、さらに試験栽培区画、小麦畑、ベリー畑へと景色がつながっていく。
まるで農業経営として設計される前に、一つの生態系として構想されたかのように、すべてが自然につながっている。
「今では、私たちが使うもののおよそ90%は地元由来です。」
クリスティアーノは説明する。
「そのうち30%以上は、この農園で生産しています。」

パルコ・デッレ・クエルチェでは、料理よりもまず生産がある。
20ヘクタールに及ぶ農園には、4,000本を超えるオリーブの木、昔ながらの品種を植えた果樹園、ベリー類、季節の野菜、香草、養蜂箱、そして季節に合わせて変化する試験栽培作物が育てられている。
目指しているのは完全な自給自足ではない。食材を料理へと変える前に、その一つひとつを深く理解することである。
例えばトマトは、単なる「トマト」ではない。食感、風味、調理適性の違いに応じて8品種が栽培されている。ナスも形や果肉が異なり、ズッキーニも複数品種を育てる。ベリー類も収穫時期の異なる品種を組み合わせることで、夏の間ずっと収穫が続くよう工夫されている。
10基の養蜂箱は果樹の受粉を支えると同時に、限られた量の百花蜜を生み出す。その蜂蜜はほぼすべてレストランや朝食で提供され、多くの場合、巣蜜のまま供される。天然の蜜蝋が風味を長く保ち、今では多くの蜂蜜愛好家にとってさえ珍しくなった体験を提供している。そこには、本物を追求し続ける姿勢がある。

庭園を歩いていると、大型の太陽光発電設備が目に入る。太陽熱利用システムと組み合わせることで、農園のエネルギー需要の大半を自給できるようになっている。
これは声高に宣伝されるサステナビリティではない。日々の実践に静かに組み込まれた持続可能性である。同じ哲学は、取引する生産者の選定にも貫かれている。
肉は農園内では飼育していないが、短い流通経路、動物福祉、自然の循環を尊重する飼育方法という価値観を共有する地元の小規模牧場からのみ仕入れている。
「すべてを自分たちで作ることはできません。」
クリスティアーノは言う。
「でも、誰と仕事をするかは選ぶことができます。」
こうして地域そのものが、一つの農園ではなく、人々のネットワークとなる。近隣で栽培された穀物は地元の製粉所で挽かれ、小規模な工房では伝統製法のチーズが作られる。
トゥーシャ各地のワイナリーは農園との共同開発によるワインを醸造し、クラフトブルワリーは、この樫の木々の下で生まれた発想を新たなビールへと形にしている。
それはまず経済モデルであり、その先にガストロノミーがある。一つひとつの協業が地域の事業者を支え、一つひとつのプロジェクトが商業的なサプライチェーンより先に文化的なサプライチェーンを築いている。



メニューは年に5回変わる。四季に加え、クリスマス限定メニューがあるためだ。季節感が流行だからではない。畑そのものが、何を食卓へ届けるかを決めるからである。それは未来へ向かいながらも、過去に耳を澄ませ続ける料理だ。
そして、この伝統と革新の対話から生まれたのが、「リエヴィトゥーシャ(Lievituscia)」と「ギアンドロジー(Ghiandology)」という二つの代表的なプロジェクトである。互いに大きく異なる取り組みだが、問いは共通している。
まだ誰も味わったことのない風味を通して、どうすればトゥーシャを語ることができるのか。
すべてのレシピは、一つの素朴な発想から始まる。現代の技法が忘れられた食材と出会ったら何が生まれるのか。古い農村文化を現代料理の言葉で語り直したらどうなるのか。過去が郷愁であることをやめ、再び実験の場になったとき、何が生まれるのか。そうした発想から誕生したのがリエヴィトゥーシャである。

天然酵母による季節限定の焼き菓子シリーズであり、パネットーネも、イースターのコロンバも、新作も、すべてはキッチンに立つ前に歴史研究から始まる。
最初の作品「パン・トルスコーネ」は、古代エトルリアの伝統菓子「スポンガータ」に着想を得て、その食材と象徴性を現代的に再解釈したものだ。
農園で育てたラズベリーの砂糖漬け、栗、ヘーゼルナッツ、そして厳選した地元食材が、一つのデザートを貫く共通の糸となる。驚きを狙うためではなく、人々の記憶に眠る感覚を呼び覚ますためである。
同じ哲学は春のコロンバにも受け継がれている。そこでは、トゥーシャの宗教史において象徴的な意味を持つシトロン(香橙)が再び主役となる。
一方、秋のパネットーネはバターを一切使わず、エクストラバージン・オリーブオイルのみで仕上げられる。この大胆な再解釈は、この土地を象徴する食材を極めて現代的な表現へと昇華させたとして、国内の権威ある賞を受賞している。
「私たちは現代的でなければなりません。」
クリスティアーノはそう語る。
「今、新しいものをゼロから生み出すのは簡単ではありません。本当の意味で革新と言えるものは稀です。だから私たちにできるのは、すでに存在するものを新たに解釈することなんです。」
伝統は、新しい語り方を見つけたときだけ生き続ける。そうでなければ、単なる民俗資料になってしまう。その認識こそが、パルコ・デッレ・クエルチェでもっとも先進的なプロジェクトを生み出したのかもしれない。
その名は「ギアンドロジー」。
思わず微笑んでしまうような名前だが、その背後には極めて本格的な研究プロジェクトがある。何千年もの間、ドングリは人類にとって重要な食料だった。穀物が広く普及する以前には先史時代の人々を養い、19世紀まで農村料理の一部として使われ続けた。
第二次世界大戦中には、コーヒーが手に入らなくなると、その代用品としても利用された。しかし、やがて姿を消した。価値を失ったからではない。
進歩によって、人々がその存在を忘れるようになっただけだった。パルコ・デッレ・クエルチェでは、そのドングリをもう一度見つめ直し、研究し、現代の味覚へとつなげる試みが始まった。


その成果として誕生したのが、ドングリを中心に据えた一連の商品である。あえて力強い味わいに仕上げたアマーロ(薬草リキュール)、紅茶を思わせる香りのインフュージョン、ドングリ粉を加えたピザ生地、パン、生パスタ、ビスケット、カクテル、クラフトビール、さらにはジンまで生み出されている。
さらに農園では大学との共同研究も進められ、ドングリの栄養特性や、現代の食材としての可能性について科学的な検証が行われている。この姿勢は、クリスティアーノ・ジェルマーニの仕事の進め方をよく表している。すべてのひらめきには、必ず知識が伴う。
多くの場所では、「伝統」「ファーム・トゥ・テーブル」「短いサプライチェーン」といった言葉は、マーケティングのための決まり文句になってしまった。しかし、ここではそれらが研究対象そのものなのである。訪問を終えるころ、一つのことがはっきりとわかる。
パルコ・デッレ・クエルチェの本当のプロダクトは、オリーブオイルでも、蜂蜜でも、ドングリのパンでも、受賞歴のある発酵菓子でもない。それらは、あくまで手段にすぎない。


クリスティアーノ・ジェルマーニとシモーナ・フォデリーニが本当に生み出しているもの。それは「継承」である。
あらゆるものがアルゴリズムの速度で変化していく時代に、彼らは長い時間軸へ投資している。昔ながらの品種を育て、忘れられた食材を掘り起こし、科学研究を食文化へと変え、人々が立ち止まり、観察し、理解するためのホスピタリティを築き上げた。
それは静かな抵抗である。なぜなら、イタリア最大の遺産は博物館の中だけにあるものではないからだ。畑に、台所に、そして数千年前から続く物語を絶やさないと決めた人々の日々の手仕事の中に、それは今も生き続けている。だからこそ、取材の途中でクリスティアーノが何気なく口にしたあの言葉は、まったく違う意味を帯びて聞こえてくる。
「これからの10年間、私たちには三千年の歴史を守る責任があります。」
パルコ・デッレ・クエルチェで時間を過ごすと、それが比喩ではないことがわかる。それは、一つの約束なのである。
Parco delle Querce

https://new.agriturismoparcodellequerce.it/



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